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札幌地方裁判所 昭和34年(ワ)359号 判決 1960年10月24日

原告 瀬尾豊也

被告 国 外一名

訴訟代理人 宇佐美初男 外二名

主文

原告に対し、

被告国は、金一二〇万円およびこれに対する昭和二九年四月二〇日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員被告札幌信用金庫は、金一二〇万円およびこれに対する昭和三四年六月二六日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は、「被告は原告に対し、それぞれ金一二〇万円およびこれに対する昭和二九年四月二〇日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告等は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の主張

(請求の原因)

一、被告札幌信用金庫(以下単に被告金庫という)は、訴外竹江茂晴に対する債務名義(金銭消費貸借契約の公正証書)に基づいて、昭和二九年二月二八日、札幌地方裁判所執行吏森隆三に対し右竹江所有の有体動産に対する強制執行(競売)の委任をなしたところ、同執行吏は代理村津泰志をして、同年四月二〇日、別紙目録記載の未完成建物(以下単に本件未完成建物という)につき競売をなさしめ、原告は、右競売期日に代金一二〇万円でこれを競落し、即日右代金を完納して、これが、引渡を受け終つた。

二、ところが、本件未完成建物は、その後訴外阿部ヨシによつて不法にこれを占有され、しかも同人は昭和二九年一一月一〇日札幌法務局にこれが所有権の保存登記をなすと共に第三者へ数件の抵当権設定登記までなしてしまつた。そこで、原告は右阿部ヨシほか一一名に対し、前記競落に因る所有権取得に基づいて、右所有権保存登記および抵当権設定登記の各抹消登記手続ならびに前記建物の明渡等を求める訴を提起したところ、右訴訟は当庁昭和三〇年(ワ)第七八七号強制執行異議等事件として繋属し、同三三年八月二八日判決の言渡があつたが、前記本件未完成建物の競売は次のように無効であるとの理由のもとに、原告の右阿部ヨシしの他大多数の被告に対する請求は棄却されてしまつた。

「(1)  前記競売の目的である本件未完成建物は、訴外竹江茂晴が旅館営業に使用する目的で、昭和二八年八月頃訴外石浦信一との間に工事代金約四二〇万円の予定で建築請負契約を締結し、右工事費のうち約一〇〇万円を前渡して工事に着手せしめたところ、その後請負人において資金が続かずその工事を中止していたものであるが、前記競売期日である昭和二九年四月二〇日当時には、屋根をあげて柾をふき、周囲の壁は小舞をうつて建築紙をはりつけ、かつその上に金網を張り、また内部天井は階上階下とも桟の打付が終り一部を残して板が張られ、床およびフローリングは全部張り終え、内側の壁も小舞が張りつけられ、電気の配線は完了し、既に七分どおり竣工しており、壁の上塗り便所・湯殿の設備をすれば殆んど完成の程度に達していたもので、既に不動産となつていた。したがつて、これを有体動産として競売した執行吏の前記手続は無効であつて、前記競落による原告の本件未完成建物に対する所有権取得もまた無効である。

(2)  また、本件未完成建物は債務者訴外竹江茂晴が前記競売当時いまだ請負人から引渡を受けておらず、したがつて同訴外人の所有には属していなかつたものであるから、原告が前記競売においてこれを競落したとしても、真実本件未完成建物の所有権を取得できる理由がない。」

三、以上の次第で、原告は競落代金を完納しながら、競落物件である本件未完成建物の所有権を取得することができず、遂に前記競落代金一二〇万円と同額の損害を蒙つたが、これは、競売手続の執行にあたつた執行吏が、過失によつて前記の如き無効の処分をなし、したがつて客観的には競売がなく、競落代金の納付義務もないのにかかわらず、執行手続が適法であると軽信して、違法に競落代金の納付をさせた結果であるから、被告国は原告に対し、前記損害の賠償をなすべき義務あるものというべきである。

四、次に、被告金庫は、前記競売が無効であつて、なんら訴外竹江に対する債権を失つていないにもかかわらず、前記競売後前記競落代金全額について配当を受け、以て法律上の原因なくして同額の利得をなし、その結果原告に対し同額の損失を与えている。したがつて、同被告は原告に対し、右配当金一二〇万円の返還をなすべき義務あるものというべきである。

五、よつて、原告は、被告等それぞれに対し、前記各金員一二〇万円およびこれに対する前記競落代金納付の日であつて、被告国については前記不法行為のなされた日であり、被告金庫については前記不当利得のなされた日である昭和二九年四月二〇日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金(但し、被告金庫に対しては利息)の支払を求める。

(被告等の反駁主張に対する答弁)

原告の主張に反する部分は否認する。

第三、被告国の主張

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中「訴外阿部ヨシが原告の前記競落後、本件未完成建物を占有したこと」は否認する。また「右阿部が原告主張の如き各登記をなしたこと」は知らない。しかし、「原告がその主張の如き訴を提起したこと。ないし右訴について、原告主張の日にその主張の如き理由による原告敗訴の判決があつたこと。」は認める。但し、「右判決理由における本件未完成建物の竣工程度ならびに前記競売当時、訴外竹江茂晴が請負人から右未完成建物の引渡しを受けていなかつたとの事実」については争う。

三、同第三項の事実中「原告が右判決のため競落代金を完納しながら、競売物件である本件未完成建物の所有権を取得することができなかつたこと」は認める。しかし、その余の点は否認する。

四、同第四項および第五項は争う。

(被告国の主張)

原告の被告国に対する請求は、以下述べるような理由から失当である。

一、本件未完成建物は前記競売当時、動産であつた。

本件未完成建物は、元来、旅館として使用する目的のもとに、昭和二八年九月建築に着手し、同年一二月末に工事を中止した建築中のものであるが、それ以後は全く工事を施されておらず、前記競売当時には次のような状態にあつた。すなわち、柱は組立て、屋根は取付してあるが、柾の下葺のみであつてトタン板は張られてなく、外囲りは、小舞張りの上に三分の一ないし四分の一程度建築紙および金網が張つてはあるが、全然モルタルは塗られておらず、内部も、各室の床板および廊下のフローリングは階下のみ大体張られていたものの、階上のそれは張られてなく板を渡してあつた程度であり、各室および廊下の天井は階上階下とも全然張つてなく、内壁は小舞張りはしてあつたが荒壁は塗つてなく、日本座敷の床の間等の内部工作も全然未了であり、また玄関・便所・浴室・洗面所・台所等は僅かにその位置が推測される程度であつて、もとより使用できるものではなく、二階に上る階段は二ケ所であつたが、いずれも全く取付がなされておらず、なわ梯子をもつて上り下りする有様で、屋内は柱や小舞の間から奥の部分が、また階下から階上が共に見通せるという状態であり、次に電気設備は、屋内配線のみ既に完了していたが、メートル器の設置あるいは各部屋の室内コードの配線等は出来ておらず、更に水道工事もできていなかつたという状況で、以上要するに、本件未完成建物は、前記競売当時、それまでに費した金額以上の資金を投下しなければ、到底人の居住は勿論、旅館営業など全く不可能の状態にあつた。したがつて、本件未完成建物は不動産ではなく動産であつたというべきである。

そうだとすれば、右未完成建物を有体動産と認めてなした執行吏の前記競売は毫も違法なる執行ではない。

二、執行吏に本件未完成建物を動産と認定したことにつき過失はない。

かりに本件未完成建物が不動産であつたとしても、前記の程度に竣工した未完成の建物が動産であるか、または不動産であるかの判断は極めて困難な問題である。そこで、本件執行吏森隆三は前記執行委任を受けた後、間もなく執行吏代理村津泰志をして本件未完成建物の現場に臨み、くわしくこれを検分させたうえ、動産と判断して前記の如く競売を行つた。しかるところ、右執行の方法につき債務者その他何人からも異議の申立等は全くなかつた。それゆえ、前記執行吏が本件未完成建物を動産と認定したことには、なんらの過失もない。

三、執行吏に本件未完成建物の所有者を誤認した過失はない。

かりに本件未完成建物の所有権が、前記競売当時、執行債務者である訴外竹江茂晴に属していなかつたとしても、右建物は当時右竹江の居住家屋に隣接して建築中のものであつて、常に同人が監守していた状態にあり、また前記競売に際しては同人がこれに立会い何等の異議も申立てず、かえつて自己が本件未完成建物を建築占有中である旨申述べていたのみならず、前記競売の終了に至るまで、請負人である訴外石浦信一、其の他何人からも本件未完成建物が自己の所有である旨の申出も、また執行停止決定の提出もなかつた。そこで、本件執行吏(代理)は本件未完成建物の所有権が前記竹江に属すると判断して、前記競売を行つたものである。したがつて、執行吏には、以上の如き本件未完成建物の所有者の認定につき、なんらの過失もない。

四、原告に損害がない。

かりに以上の主張がいずれも理由なく、本件未完成建物の競売が執行吏の過失に基く違法な執行であるとしても、被告金庫は右執行により右建物の売得金から配当を受けて同額の不当利得をなしている。したがつて、原告は同被告に対し右不当利得の返還請求権を有すること明らかである。しかるところ、同被告は十分に支払能力を有しているから、原告は同被告に対し右不当利得の返還を求めれば足るものであつて、被告国に対する関係においては、いまだ現実に損害が発生したとは言えないものである。

第四、被告金庫の主張

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は不知。

三、同第四項の事実中「被告金庫が前記競売後、前記売得金一二〇万円の全額について配当を受けたこと」は認める。しかし、その余の点は否認する。

四、同第三項および第五項は争う。

(被告金庫の主張)

一、本件未完成建物が前記競売当時動産であつたこと、ならびに本件執行吏に、本件未完成建物を動産と認定したことおよび本件未完成建物の所有者を訴外竹江茂晴であると認定したことにつき、なんらの過失もないことは被告国の前記主張のとおりである。よつて、これをこゝに援用する。それゆえ、本件未完成建物に対する執行吏の前記競売は毫も違法なる執行ではなく、したがつて、右競売による売得金から被告金庫が配当を受けたことも勿論不当なる利得ではない。

二、かりに執行吏の前記競売が違法執行であるとしても、その責任は被告国が負うべきもので、被告金庫のあづかり知らぬことであり、被告金庫はたゞ単に執行力ある公正証書正本をもつて適法に強制執行委任のうえ競売々得金の配当を受けたもので、もとより配当を受くべき実体上の債権を有しており、しかも右売得金の受領により弁済を受けたものとみなされて右債権を失つたから、なんら法律上の原因なく利得したものではない。

第五、証拠

原告は、甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第七号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めた。

被告国は、乙第一号証を提出し、証人村津泰志、同大島清治の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

被告金庫は甲号各証の成立を認めた。

理由

第一、被告国に対する請求の当否

一、「請求の原因第一項の事実、および原告が請求の原因第二項記載の如き訴を提起したところ、右訴訟は同項記載の事件として当庁に繋属し、その後原告主張の日に同項記載の理由によつて原告敗訴の判決があつたこと。ならびに、そのため、原告は競落代金を完納しながら、競落物件である本件未完成建物の所有権を取得することができなかつたこと。」は当事者間に争がない。

二、そこで、本件未完成建物の競売が執行吏の過失に基く違法かつ無効な執行であるか否かについて判断する。

(一)  違法性

先ず、本件未完成建物が前記競売当時、不動産であつたか有体動産であつたか、この点について考えてみると、成立に争のない甲第一、第二号証、第四号証の一、二、第六号証、証人村津泰志の証言の一部、および原告本人尋問の結果を綜合すれば「本件未完成建物は、元来訴外竹江茂晴が旅館営業に使用する目的で、昭和二八年八月頃、請負人訴外石浦信一と建築請負契約を締結し、工事に着手せしめ、その後数ケ月して請負人において工事を中止したので、右竹江が爾来自ら建築を続行していたものであるが、前記競売期日である昭和二九年四月二〇日当時には、次のような状態にあつた。すなわち、柱を組立て、屋根をあげて柾をふき(もつとも、その上にトタン板をはる予定であつたが、雨は漏らなかつた。)、周囲の壁(外壁)は小舞をうつて建築紙をはりつけ、かつその上に金網を張る等(もつとも、その上にまだモルタルは塗られていなかつた。しかし、勿論吹きさらしではない。)家屋の外観は一応完成し、また内部は、階上階下とも、各室の仕切りをなし、玄関・便所・台所・客間等の位置および区画は明瞭で、二階に上る階段こそなかつたけれども、天井は桟の打付が終り、一部を残して板が張られ、各室の床および廊下のフローリングは全部張り終え(したがつて、各室はすぐに畳が敷ける状態にあつた。)、内側の壁も全部小舞が張りつけられ、電気の配線は完了し、これまでに要した費用は約二五〇万円に達しており、以上要するに大略七分どおりの竣工であつて、後は、壁の上塗り、屋根のトタン張り、便所・湯殿・台所等の設備、その他水道工事等をすれば殆んど完成の程度に達する状態であつたこと。」が認められる。右認定に反する前掲村津証言の一部および成立に争のない甲第五号証の記載は前記各証拠と対比してみて信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、建築中の建物が何時から不動産たる建物となるかは、かなりデリケートな問題であるが、結局それは、民法不動産登記法等において、動産と不動産とを区別し、建物を土地とならんで不動産とした法の目的および社会の通念に従つて、決定するよりほかはない。したがつて、これを本件についていえば、本件未完成建物は前記の如く工事中途であるにしても、既に七分どおり竣工し、ただ旅館営業用建築としての完成に役立つ部分を残すだけの状態に達していたから、既に動産の領域を脱して、不動産の部類に入つていたものと認めるのが相当である。(大判昭和一〇年一〇月一日民集一四巻一八号一六七一頁。判例民事法昭和一〇年度四二六頁・等参照)

そこで次に、不動産である本件未完成建物の前記競売が有効であるか無効であるかこの点について考えてみると、民事訴訟法の規定によれば、執行吏は有体動産に対する執行をはじめその他の実力行使を伴う事実的行為に属する執行々為はこれをなす権限を有するが、不動産に対する強制執行は執行裁判所の権限とされ、執行吏の職分には属しないものと定められている。右は不動産に対する強制執行が複雑かつ慎重な手続を必要とするため、執行機関の構成要素上裁判所をして行わしめるのが相当であるとの理由に基くものであつて、これ等執行機関の職分管轄の定めは公益的見地から定めた権限の分配であるから、絶対的強行性を有し、これに違反してなされた執行行為は当然に無効であると解するのが相当である。してみれば、執行吏が本件未完成建物を有体動産として競売した前記執行行為は無効であるといわなければならない。

ところで、前記競売が無効である以上、原告に競落代金の納付義務はない。しかるに、「原告が本件執行吏に競落代金を納付したこと」は前叙のとおりである。そうだとすれば、原告が右競落代金納付義務の不存在を知りながら、ことさらにこれを執行吏に納付した等、特段の事情の存在につき主張立証のない本件においては、執行吏は違法に原告に対し競落代金を納付させたものというのほかない。

(二)  過失

次に、本件執行吏が前記のように違法な強制執行を行うにつき、過失があつたか否かについて考えてみると、成立に争いのない甲第二号証、証人村津泰志の証言および弁論の全趣旨を綜合すれば、「本件執行吏森隆三は、被告金庫から前記執行委任を受けた後、昭和二九年三月五日、自らは本件未完成建物の現場に行かず、たゞ同執行吏代理村津泰志に命じて、右建物の現場に臨み、これを見分させたうえ、その結果を電話にて報告させ、これに基き本件未完成建物を動産であると認定して、その差押をなさしめ、引続き同年四月二〇日右執行吏代理をして本件未完成建物を競売させたこと。森執行吏は右競売手続の終了に至るまで、一度も本件未完成建物を現実に見ていないこと。および同執行吏は、本件競売をなすに至るまで、未完成建物を動産として競売した経験に乏しく、前記村津執行吏代理に至つては、このとき始めて未完成建物を動産として競売する経験であつて、このことは森執行吏も知悉していたこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、執行吏が、未完成の建物に対し強制執行をなす場合には、前叙の如き執行機関の職分管轄の定めに、鑑み、執行の対象が動産であるか不動産であるか能う限り慎重に認定して、以つてその判断に過誤なきを期するべき職務上の注意義務があることはいうまでもない。したがつて、この場合には、執行吏は、先ずもつて執行の対象である未完成の建物を現実に自己の五官をもつて認識し、反面、動産不動産の区別についての判例・通説ないし有力な学説等を研究して、以つてその判断に供することは、必要かつ極めて重要なことである。しかるに「本件執行吏は、従来未完成の建物に対し強制執行をした経験に乏しく、また前記執行吏代理も始めての経験であるにかゝわらず、遂に一回も本件未完成建物を自ら現実に見分しなかつたこと。」前認定のとおりである。もつとも、(イ)前記判例学説の調査については、前掲村津証人の証言によれば、「執行吏は、前記競売前、若干動産不動産の区別等につき判例学説の調査をしたこと。」が認められ、(ロ)また、同証言に、成立につき当事者間に争のない乙第一号証および証人大島清治の証言を綜合すれば、「被告金庫の森執行吏に対する前記執行委任の申立は、同被告の代理人弁護士庭山四郎の手によるものであるところ、右申立には、執行の対象として本件未完成建物を動産と記載しあり、したがつて同弁護士はこれを有体動産として競売すべき旨申立てたこと。」が認められ、(ハ)更に、前掲甲第四号証の二、第六号証、前記村津証言、および原告本人尋問の結果を綜合すれば、「本件未完成建物の競売については、その手続の前後を通じ、執行債務者その他何人からも、右執行の方法につき異議の申立等全くなかつたこと。」が認められるが、先ず前記(イ)の点については、森執行吏が果していかなる判例学説の調査をしたのか、またその研究の程度および同執行吏が本件競売をなすに際し、動産不動産の区別の点や建築中の建物が不動産たる建物となる時期等の点について、いかなる判例学説に準拠したのか、遂にこれを明らかにする資料がなく、次に(ロ)の点については、執行の対象が動産であるか不動産であるかは、執行吏がその職責として自らの確信に基き判断すべきことであるから、たとい法律専問家である弁護士が、執行債権者の代理人として、本件未完成建物を有体動産である旨主張し執行委任の申立をなしてきても、執行吏は軽々にこれに従うべきものではなく、更に(ハ)の点についても、前記事実の存在は、当然に、執行吏をして、前記違法執行につき過失なかりしものと断定させるものではないから、到底、前記(イ)ないし(ハ)の事実は、本件執行吏が本件未完成建物を動産であると誤認して前記競売を行つたことにつき、もつともな事情あるものとはなし難い。しかのみならず、前叙認定の如き本件未完成建物の前記競売当時の竣工状態および本件弁論の全趣旨に照らせば、前記森執行吏が現実に自己の五官をもつて本件未完成建物を見分し、かつ今少し熱心に判例・学説(例えば、前記引用の判例等)を研究して、職務の執行に当つたならば、本件未完成建物を不動産であると判断することは、決して困難ではなかつたものと考えられる。

そうだとすれば、本件執行吏は、前記違法な強制執行を行うにつき、過失があつたものというべく、したがつて、被告国は爾余の点につき判断をなすまでもなく、右違法執行により原告が被つた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。

三、損害

そこで進んで、原告の損害額について考えてみると、「原告が前記競落代金一二〇万円を納付した後、前記判決を受けたゝめ、遂に競落物件である本件未完成建物の所有権を取得することができなかつたこと。」は、前叙の如く当事者間に争がない。してみれば、原告は前記違法執行により右競落代金と同額の損害を被つたものというべきである。

ところで、被告国は、この点につき、原告は本件違法執行により、被告金庫に対しても、本件未完成建物の売得金(すなわち前記競落代金)と同額の不当利得返還請求権を取得し、しかも同被告は十分に支払能力を有しているから、原告は同被告に対し右不当利得の返還を求めれば足るものであつて、被告国に対する関係においては、いまだ現実に損害が発生したとはいえないものである旨主張する。そこで右主張につき考えてみると、なる程、原告が被告金庫に対しても被告主張の如き不当利得返還請求権を有していることは後述のとおりである。しかしながら、原告が被告金庫に対し右不当利得返還請求権を有しているということは、同被告が支払能力を有すると否とに拘らず、原告の被告国に対する関係における損害の発生をなんら妨げるものではない。何故ならば、元来不法行為と不当利得とは、それぞれ制度の目的・法律要件および法律効果を異にしているから、両者は互に並存して妨げることなく、ある具体的事実がその要件を具備しているか否かについては、各制度につき独立にこれを決すべく、また決定すれば足るものであり、したがつて、両者の要件をそれぞれに充足せしめる事実があれば、両制度の責任者もしくは被害者が同一であると否とにかゝわらず、両者の責任を競合的に発生せしめ、権利者はそのいずれを行使しまたその双方を行使するも自由であつて、たゞ両権利はその目的を同じくする範囲において、一の権利の満足は他の権利の消滅を必然的に生来せしめる関係あるにすぎないものであるからである。ところが、本件においては、原告が被告金庫に対し前記不当利得返還請求権を現実に行使して、実際にその全部または一部につき返還(満足)を受けた旨の主張立証は全くない。

そうだとすれば、被告国の前記主張はもとより理由なく、被告国は原告に対し、前記損害金一二〇万円およびこれに対する前記不法行為(違法なる競売ないし競落代金の納付手続)のなされた日である昭和二九年四月二〇日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。

第二、被告金庫に対する請求の当否

「請求の原因第一項の事実および被告金庫が本件未完成建物の競売後、その売得金(競落代金)一二〇万円の全額につき配当を受けたこと。」は当事者間に争がない。そして、前掲甲第一号証、第四号証の二、第五第六号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば「原告は、その後原告主張の如き判決の言渡を受け、前記競落代金を完納しながら、本件未完成建物の所有権を取得することができなかつたこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところが、執行吏の本件未完成建物に対する競売手続が違法かつ無効なものであることは、前叙説示のとおりである。そうだとすれば、被告金庫はなお依然として執行債務者である訴外竹江茂晴に対し債権を保有することゝなるから、前記配当金を保有する根拠を欠き、結局、法律上の原因なくして同金員を利得したことゝなり、他方原告は、前記競落代金納付義務がなかつたことゝなるものであるから、被告金庫の右利得の結果、前記配当金と同額の損失を被つたものといわなければならない。(それゆえ、以上の点に関する被告金庫の主張は採用しない。)

ところで、不当利得がある場合、その利益は反証のない限り現存するものと認めるを相当とする。そして本件においては、被告金庫が悪意の受益者であることを認めるに足る証拠はない。

してみれば、被告金庫は、爾余の点につき判断をなすまでもなく、善意の不当利得者として、原告に対し前記配当金一二〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日(すなわち、右不当利得返還請求の日の翌日)であること記録に徴し明らかな昭和三四年六月二六日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延利息の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。

第三、結語

以上のとおりであるから、原告の被告国に対する請求は全部正当としてこれを認容し、被告金庫に対する請求は右の限度においてのみ正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用してこれを被告等の負担となし、仮執行の宣言は本件諸般の事情に鑑みこれを付さないこととして、主文のとおり、判決する。

(裁判官 佐藤竹三郎 古川純一 片山邦宏)

物件目録

札幌市南一条西二一丁目一八番地所在

木造二階建未完成建物

建坪 六一坪八合七勺五

外二階 五七坪三合五勺

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